2018年03月30日

豆腐よう案件に思うこと

素直に考えている気持ちを書き出してみる。



今年の高校の教科書検定を通った英語教科書の一部に
「口が焼けるようだった。まるで、ロックフォール(ブルーチーズの一種)と核(放射性)廃棄物をかけ合わせたものを食べたようだったが、どうやら体にはいいらしい」
というのが載っていたらしい。

これに対して配慮が欠けているとか、製作販売者の気持ちを考えたことがあるかという議論が沸いている。



私がもし販売者ならば、これだけ全国の話題になったのだから「販売契機」としてとらえると思う。

「○○○○○○のようだと例えられた噂の豆腐よう。まずは食べてみて」とか
もっといいキャッチコピーがあるだろうけど、これを逆手にとってプロモーションし、販売促進につなげればいいのになと。
これだけ話題に上がることはめったにない。


私は何かあるとネガティブにしか考えきれない沖縄の言論空間が残念に思う。
ポジティブにユーモアを交えて、販売促進につなげる方法もあると思う。

残念ながら、沖縄では商売よりも感情が優先される傾向がある。
正しくは「感情を優先させなければならない」という風潮かもしれない。


かわいそう論のネガティブなイメージ、感情論だけでは商売は上手くいかない。
しかしながら沖縄では感情が優先されるから、こういうプロモーションは許されない。
新しいことや人とは違うことをしようとすると、必ずダメだと言い出す声が大きい人がいたりする・・・第三者に。



最近の沖縄は、楽しくないところになっている。
ニュースも基地問題ばかり。明るいニュースはあまり前に出てこない。
2000年代の沖縄ブームのさい、足を運んでくれていた沖縄好きのリピーターはどうなったのだろう。



生まれ育った沖縄は好きではあるけど、ユーモアに欠け、自由が許されるところではないと感じている。
何か新しいことをしようとすれば、周囲の目を気にして飛び出たことは許さない。
同調圧力だらけの沖縄が嫌いでもある。



漫画を描いて、不自由さや同調圧力を感じることがある。
この手の話題で外から地味にチクチクやられたりする。

某大御所民謡歌手芸人のギャグを借りると「沖縄に表現の自由はないよ」なのである。
本土に比べて漫画創作をしている人が少ない原因でもあると思う。

漫画を描ける人は本土の出版社やWEBサイトで活躍しているし、沖縄で漫画で活躍できる場所は殆どないと思っている。
(私が管理している「しまこみ」は、多少のサポートはできるけど)


ラッキーキャッツもサバゲーねたやミリタリーねた満載で、沖縄の風土にはマッチしていない。
でも沖縄特有の同調が嫌いだし、好きなことを描き切ることが大事だと感じたので、好き放題描いて完成させた。


沖縄は言論空間の戦場みたいな、殺伐とした世界でもある。
自分自身も加担したことはあったけど、これじゃ沖縄がダメになると思っているから、できるだけ距離を置いて「必要な時に前に出る」ことにしている。

あまりそういう感じでとらえてほしくないけど、ラッキーキャッツは沖縄でも自由な創作活動ができるんだ。
そういうのを見せていきたい。

それを実行するためにも、皆さんのご協力よろしくお願いいたします。


Posted by sacom at 14:05